思考の泡

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続・ブラックホールからエネルギーを取り出せるか?

前回ブラックホールからエネルギーを取り出す方法として、ブラックホールに物質を投げ込み、そのとき放射されるエネルギーを利用する方法を検討しました。

 

masamichi441.hatenablog.com

 

実はブラックホールからエネルギーを取り出す別の方法があります。そしてこの方法は更に魅力的なのです。今回はそれについて考察したいと思います。

 

ホーキング放射

ブラックホールにはホーキング放射という奇妙な現象がつきまといます。かの有名なスティーブン・ホーキング博士が唱えた現象です。

ホーキング放射を理解するためにはまず真空の構造を理解しなくてはなりません。真空といえば通常は何も無い空間を指しますが、量子力学では真空の中で常に正エネルギーと負のエネルギーを持つ光子のペアが生まれて、すぐに再結合して消えるという「ゆらぎ」が発生していると考えます。これらのペアは瞬時に消えてしまうため、それぞれペアの片方を個別に取り出すことはできません。つまり通常であれば真空からは何も取り出すことはできないということになります。

しかし時空が極端にひん曲ったブラックホールの近傍では事情が違ってきます。僅かな確率ですがブラックホールによってペアが引き裂かれるものが出てくるのです。つまりペアの片方がブラックホール内部に落ち込み、もう片方がブラックホールから逃げ出すものが出てきます。この逃げ出した粒子が「ホーキング放射」です。ホーキング放射によりブラックホールはだんだん質量を失い、最後には蒸発して消えてしまいます。

ブラックホールもエネルギーを放射し、寿命を持つのです。それまで物質を吸い込む一方だと考えられていたことからすると、この考え方は衝撃的でした。

私はこのホーキング放射の仕組みを知ったとき、これは真空からエネルギーを取り出す魔法のポンプではないかと思いました。まさに「真空ポンプ」です。

 

大きなブラックホールは役に立たない

ホーキング放射のエネルギーはブラックホールの質量に反比例し、消滅までにかかる時間は質量の3乗に比例します。つまり大きなブラックホールほど放射は小さく、寿命は長いということです。

例えば太陽と同じくらいの質量を持つブラックホールの場合、放射エネルギーは宇宙のバックグラウンド・ノイズよりも小さく、観測すら困難です。更に寿命は現在の宇宙の年齢の10の57乗倍という、考えるのもバカらしくなるような長さなので、ほんとんど無視できる物理現象です。

通常の天体現象で生じるブラックホールは最低でも太陽の数十倍の質量があります。なのでこれらはエネルギー源として使うことは不可能です。

 

マイクロ・ブラックホール登場

逆に小さなブラックホールでは放射エネルギーは大きく、蒸発も早くなります。蒸発が進めば更に放射が大きくなり、この循環である程度以下のブラックホールでは大きくなる放射と加速する蒸発が一気に進み、最後は核爆弾など比較にならないような大爆発を起こして消滅してしまいます。

そこでまたマイクロ・ブラックホールの登場です。例えば適度な質量で適度なホーキング放射をしているブラックホールがあればエネルギー源として使えるかもしれません。更に寿命が例えば宇宙の年齢くらいもあれば、人類が生きている間くらいは楽勝でエネルギーを供給し続けてくれます。エネルギー問題など一気に解決です。

このエネルギー源の凄いところは燃料すらいらないということです。ブラックホールが真空からどんどんエネルギーを汲み出してくれます。強いて言えば蒸発していくブラックホールそのものが燃料と考えることもできます。そして放射するほどに更に強いエネルギーを放射するようになります。

多少蒸発が進んでも、適当に何か物質を放り込んでやればブラックホールはまた質量を取り戻します。

 

残念な結論

などということを考えていたとき、日経サイエンス2015年7月号に「ブラックホールからエネルギーを取り出せるか」という正にこのブログと同じタイトルの記事が掲載されました。簡単にこの記事の結論だけを述べると、まずブラックホールの回りに漂っているホーキング放射を取り出すには、ロープ(のようなもの)を垂らしてそれを汲み上げなくてはならない。そのために理論的に考えられる限り最大に強靭なロープを作ったとしても、ブラックホールの強力な重力には耐えらない。よって結論として、エネルギーを取り出すことは不可能であろう、ということです。残念!

 

しかし諦めきれない

しかしロープを垂らせないというだけの理由で諦めてしまうには、この真空ポンプのアイデア、あまりにも魅力的過ぎます。

この記事でどうも納得できないのが、本当にロープを垂らすしか方法が無いのだろうかということです。ホーキング放射は熱放射のかたちで観測されることが知られています。(実際に観測されているわけではありません。念のため。) 放射である以上ある程度離れた場所からでもそれを受け取ることができる筈です。上に述べたようにブラックホールは最後にはホーキング放射の大爆発を起こすことが知られており、実際にそれを観測しようとするプロジェクトも進められています。なのでわざわざロープを垂らさなくても、ごく一部ではあれ、放射を受け取ることは可能な筈です。

あとは量の問題で、ブラックホールからある程度離れた充分に安全な位置からホーキング放射をどの程度受け取れるかということになります。残念ならが私は専門家ではないので、このあたりの計算はできません。

 

前回も述べましたが、マイクロ・ブラックホールはこの宇宙に存在するかどうかすら分かっていません。しかし超未来の人類はブラックホールを自由に作り出し、コントロールする技術を手に入れるかもしれません。そうなればエネルギー問題に悩む必要もなくなるでしょう。